新オフィス移転レポート第3弾のテーマは、イノベーションを生む組織とそのオフィスのあり方について。イノベーションをテーマに企業経営、組織論、都市建築をフィールドにする多摩大学大学院教授の紺野登氏と、リノベる代表山下が対談しました。話題は、これからのオフィスにとどまらず、都市、暮らし、エシックス(倫理)、そして「どじょうすくい」へ…。モデレーターは、リノベる新オフィスプロジェクトに建築家として参画する塩浦政也氏(株式会社SCAPE代表)です。(撮影:永禮賢)
■対談ゲスト プロフィール 紺野 登 Noboru Konno 多摩大学大学院教授、エコシスラボ代表、一般社団法人FCAJ(Future Center Alliance Japan)代表理事、一般社団法人Japan Innovation Network Chairperson理事。 組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務に関わる。 |
塩浦
リノベるはこの秋、青山の骨董通りにある築50年近いビルをリノベーションし、オフィスを移転します。現在の渋谷のオフィスから、フロアを3倍にするという意思決定をしている。これまでの業界の枠組みに収まらず領域を拡大する成長企業が、あえて都心にフィジカルなオフィスを持つことの価値、あるいは可能性について、まずは紺野さんにお話を伺いたいと思います。
紺野
まず、今の時代状況についてお話したいんですが、よく「アフターコロナ」「ウィズコロナ」と言われますよね。私は「メニーコロナ」の時代になる、と言っているんです。アフターコロナはコロナが終わる、ウィズコロナは状況が長引きコロナとともに暮らすというシナリオですが、「メニーコロナ」はコロナウイルスのようなものがこれから多発するというシナリオです。
なぜコロナウイルスがパンデミック化したかと言うと、結局は都市の人口爆発と気候変動によって、人間と環境、とりわけ人間と動物の関係、この境界線が破れてきているんですね。僕らの周囲の専門家の意見では、おそらくこれからも7、8年に一度こうしたことが起こる。すると、レジリエンス(復元力)を持った都市への変化がこれから求められるでしょう。
例えばフィレンツェが14世紀にペストに襲われたとき、皆フィレンツェから逃げていったかというと、実は戻ってきてまた住んだんです。そして宗教都市から商業都市になった。パリもそうです。19世紀にコレラが流行して、「密密都市」が問題になった。そこから大改造計画が立てられた。テクノロジーを活用し都市の次元が変わってきたわけです。
そうなるといま起こりそうなことは、デジタルテクノロジーを使って都市の次元が高まる。どこが最初にそういう都市になるかわからないですけど、新しいタイプの都市ができるだろうなと。一方で20世紀的な仕事の仕方は終わりました。郊外から通勤して都心部で働いて、都心部のオフィスが高層化する、そういう展開はもうないでしょう。
そこでミックスユースなど、いまの流れが加速します。都市の構造と、これまでオフィスと言っていたものが変わる。「オフィス」という言葉自体がなくなるかもしれませんよね。
山下
オフィスという言葉がなくなる。僕もまさに同じこと考えています。テクノロジーによって何が変わるかという、いろんな境界線が溶けていってるなと思っているんです。
オフィスと住宅の境界線も確実に溶けていて、リノベる。でつくるお客様の住まいも、ワークスペースはもちろん、副業のための空間を、というご希望も出てきています。働く場が多様化し広がっているいま、「オフィスって一体何だろう」と考えながらオフィスづくりを進めています。
この対談にあたって「オフィスとは何か」の答えを一言で用意できればと思ったんですが、答えはない、というのが今のところの答えです。現段階で明確な解はないんですが、確実に必要な「何か」があるとは思っていて。一つ明確に言えるのは、何もなくてもオフィスに来てほしいんですね。請求書のハンコを押しにとか、何か用事があって来るだけではなく「なぜかここに来てしまう」という状態を作りたいんです。弊社ではリモートワークも行われていますが、リモートでも仕事ができる状態だけども「なぜか行きたい」と思う場所。居心地の良さももちろん大事なのですが、それ以外の「何か」違う価値があれば、そうなるはずだと考えます。
「骨董通り」という昔の人たちが歴史と文化を繋いできた通りに(今回リノベるが移転する)築50年のビルがあって、そこに可能性を感じるのだとすれば、答えがいま見つからなくてもいい。そこに根を張って一回考えてみようと思っています。だから、大きなコンセプトだけ決めて、走りながら探していくつもりです。大きな道筋が変わらなければ、箱の中身が変わってもいいと考えています。
紺野
従来の日本の大企業には、集団的「ワークプレイスカルチャー(職場文化)」がありました。それが接着剤になって組織ができていた。それがなくなって、わざわざ来なくてもよいオフィスばかりになってしまった。じゃあどういう組織がこれから伸びるかというと、ティール組織とか、やっぱり目的とかそういうものでくっついていないといけない。かと言って、また昔みたいに会社で運動会や文化祭をやるかっていうとそうじゃない。次のキーワードは「エシックス」、倫理じゃないかと思ってるんです。ワークプレイスエシックス(職場倫理)。永平寺って行ったことあります? 道元が開いた曹洞宗の大本山。ああいう所に行くと、日常空間に埋め込まれたエシックスというのを感じますよね。つまりビシッとする。
塩浦
座禅の世界ですね。
紺野
みんなでワーワーやったりするんじゃないんだけど、そこに行くといい話が聞けたり、ビジネスマンとして、あるいは都市民としてビシッとする。ちょっと心が動揺する時にオフィスに行く。そういう場所にしてほしいですね。オフィスとは言わないかもしれないけど。なんかそういうエシックスが感じられる場所がほしいです。
山下
僕は「糸」っていうのを個人的にも大切にしていて。点と点がつながって糸になり、糸が交わって布になって誰かを温めていくっていう。本当に人生がそうだなと思ってるんですけど、オフィスにも、点と糸と布の場所を作りたいんです。離散的な情報や無垢な発想を集める「点」の場所、自身と向き合い点と点をつなぐ「糸」の場所、そして糸を戦略という布に編み上げていく「布」の場所。
エシックスのお話を伺いながら、糸の場所が思い浮かびました。他人と自分をつなげてみたり、過去と未来をつなげてみたりする場所。まさに、凛とする場所をイメージしています。
紺野
おっしゃる通り、凛とするとかシュッとする場所はね、自宅だけだと生活に埋もれているから出てこないんです。エシックスを共有しながら、いい仕事ができる場所が必要。
山下
すごく大事なヒントをいただきました。
紺野
僕は、音やリズムっていうのが、これからのオフィスで大事じゃないかなと思っているんです。今注目されているテクノロジーって「音」ですよね。同じような音やリズムの空間にいることがテクノロジーでサポートできたら、暗黙知の部分が増幅される。
山下
もう少し詳しくお伺いしてもよろしいですか。
紺野
場っていうのは結局何で重要かというと、そういう場所があるから知識創造できるという話じゃなくて、「場の中に意味や知が埋まっている」ということなんです。暗黙知は、身体性の知なんです。どうやって相手に伝えるかっていうと、一緒に行動するとか、相手の動きを見るとか。一緒に踊る、と言ってもいいかもしれない。そういうリズムのある場を共創することで伝わるわけです。
暗黙知が形式知化してしまうとそれで終わりだから、フレッシュなままにしておきたい。例えば日本の現場主義は、古い暗黙知の世界ですよね。腕まくりして「俺は現場主義だ」なんていう社長は、今は嫌われちゃう。そうではなく、どうやってみんなが生き生きとするフレッシュな現場を維持するか。常にフレッシュな感覚でいられるようにするには、我々が持っている身体性を引き出すリズム感が必要です。例えば、「どじょうすくい」の踊りがあるでしょう? 「安来節」とも言われますが、あれは、島根の安来に伝わる砂鉄採取の動作を採り入れたものと言われています。面白おかしくしてみんなで覚えて踊っていたら、砂鉄の取り方がうまくなっちゃった(笑)。理想的ですよね。みんなで踊っていたら、気付くとすごく仕事もできていたっていう。
山下
面白いですね(笑)。なぜ音やリズムが大事かって、感覚ではわかっていてもなかなか整理ができていなかったので、今のお話ですごくよくわかりました。
紺野
20世紀はサラリーマンが増えた時代。郊外に家を買って都心のオフィスに通う。もうその時代は終わってるんですよね。今はナレッジワーカーの時代です。
なぜ人々が通勤していたかと言うと、自分で生産手段を持ってないからです。生産手段の集中する都心のオフィス、つまりコンピューターがあるところに電車で通わないと仕事ができなかった。今は都心部の巨大コンピューターにアクセスしなくてもどこでも仕事ができます。だから都市部に集中し過ぎていたのが分散する現象は当然起こると思います。東京は一極集中しすぎていた。
山下
そうですよね。
紺野
でもよく言われるように、都市がなくなっていくとは全然思わない。確実に都市は進化するだろうと思います。人間は都市に生きるものなので。
今はナレッジワーカーの時代なので、自分自身で生産手段を持った生活者や労働者がお互いにコミュニケーションをとる。おそらくインターネットだけではだめでしょうね。Zoomでやっていた業務はAIが次にやるでしょう。すぐに、「まだZoomで仕事してるんですか?」みたいな状況になる。全部コンピューターがやってくれるので人間はどうするのか、それを考えないといけない。経済は大きくならないので、どうやってシンプルに生活を楽しくするか。
ライフスタイルは大きく変わるでしょう。郊外や田舎とあまり決めつけないで行ったり来たりするような。昔は半農半漁とかありましたけど、半都市、半田園。そういう拠点が欲しい。もし今後新しいオフィスを作られるならそういうオフィスを作って欲しい。
山下
今回オフィスにラボを併設し、小さな家具工房スペースをつくっています。元々僕が家具職人をしていたということもあるのですが、テクノロジーを活用すればするほど、リノベるが提供するものが無機質で面白くないものになっていくような不安を持っていて、人肌のところをどう残していけるかと常々考えています。そのひとつの糸口が、家具工房。これから、AIを使って設計して、工事を含めたプロセスの自動化が進んでいく中で、職人さんとやり取りできるものづくりの空間が大事だと思うんです。
都心のど真ん中だと音の問題もあってどうしても限定的なものになってしまうので、ゆくゆくは少し離れた場所に本格的な工房を持って、シームレスに繋げていけたらいいなと考えています。
紺野
デンマークのコペンハーゲンにBLOXっていう施設ができたんですよ。レム・コールハウスという建築家が設計したんですけど、完璧にミックスユース。何のためにつくったかというと、コペンハーゲンをシェアリングエコノミーの都市にするためにつくった、というんです。
国と、コペンハーゲン市と、いくつかの企業がコンソーシアムを形成してつくったんですね。住宅もあるしスタジオもあるしオフィスもある。レストラン、ミュージアム、託児所、遊び場、そういうミックスユースなんです。こういうのは増えるでしょうね。
山下
ミックスユースと聞いていま頭に浮かびましたが、リノベるが最近手がけたプロジェクトで、山口県の長門市にあるスポーツ施設があります。僕自身はラグビーをしていたんですが、後輩がそこで監督をやっていまして。彼はニュージーランドでの暮らしが長かったんですけど、いろいろなスポーツをミックスしたようなトレーニングができる施設、さらに地域の方も利用できて、スポーツを中心に人が集まるコミュニティ施設のようなものをつくりたいということでお手伝いしました。スポーツの世界でも“ミックス”に新しい価値があるのが面白いなと感じています。
紺野
最後に、リノベるの目的(パーパス)はなんですか?リノベるが、これから成長または持続していくにあたって、何をエンジンにしてスケール化していくのか、お伺いできますか。
山下
私たちは、いわゆる「500兆円問題」をなんとかしたいと考えています。住宅投資の累計額が資産として蓄積されていないという問題です。消えた金額は、500兆円。アメリカは、投資額が資産額を上回るのに対し、日本は500兆円消えてなくなっているんです。これに衝撃を受けて、まずいなと思ったんです。
それまでは、家具の職人などをしてきたこともあり、日本の住宅は画一的でつまらないという問題意識だったものが、500兆円問題で資産としての側面も深刻だと気づいた。いわゆる「リセールバリュー」をどう保つか、古いものの価値をいかに見出すか、仕組みをつくって、この状況を変えていきたいというのが、やりたいことなんです。
それで、「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」というミッションを掲げています。
紺野
なるほど。
山下
スケール化やサステナブル性については、少しビジネス的な話になってしまうんですが、僕たちのバリューチェーンには、様々なオンラインサービスが組み込まれていて、オンラインとオフラインを行き来しながら住まいづくりをするような仕組みを構築しています。
これまで飲食店などいろんな商売をやってきたんですが、この仕事を始めた時に、儲からない業界だなと思いました。クレームが多いし手間もかかるしとにかく面倒。造って売った方が楽だから、世の中には建売屋さんがたくさんいるんだということがわかった。
でもやりたかったことはその真逆。そこでテクノロジーのヒントを得て、Eコマースに人肌やオフラインの良さを吹き込み、ものづくりが出来たら勝てるのではないかと。それで今の事業計画を作ったわけなんです。
紺野
以前、イギリスと日本の仕組みを比較した時に、日本はイギリスに比べて建物の価値を維持しにくい社会構造になっていると感じました。そこに立ち向かう御社の取り組みは、なかなか面白いですね。新しいオフィスも楽しみにしています。
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